素足にパンプス

だから喪女なんだよって言わないで

好きを仕事にしてたときのはなし

私は2011年に大学を卒業した。
2008年にリーマンショックが起きて、就職活動が大変だったけど
2010年の夏休み直前で内定をもらったのはとある外資系の契約社員のアパレルの店舗社員だった。

ぶっちゃけ、バイトしていた時から販売員とかなりたくないなーって思っていて
でも洋服を買ったり、オシャレするのは好きだったし
とにかく就活で自己分析して自己PR書いて、落ち続ける、ある意味自己の存在を否定され続けることにHPがゼロになっていた自分はその有名でたぶん日本人でもほとんどが知っているブランドの販売員になることを選んだ。

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まあ、正直なところそんなにすごくやりたい仕事も特になかったんだけど。



最初の1年はすごくつらかった。
当然、土日祝は仕事。
閉店が20時で、退勤できるのが早くても21時前後。

大学のときの友達が減った。


必然的に同じ会社に入った同期としか遊んだり、飲みにいったりしなくなる。
大学生の時に思い描いていた社会人像とかけ離れてた。


全然自分の売上も、店の売上も達成しなくてきつかった。
あと、店長とか先輩とか自分の容姿とか言動とかをイジってくるからそれもつらかった。



入社して1年後、都内の繁華街にある店舗からちょっとだけ郊外の店舗に異動になった。
最初は昔からいるバイトの当たりがきつくてホントつらかった。


私がいた会社はレディースもメンズも両方やっていて、
前いた店舗は売上もお客さんもほとんどが男の人だったんだけど、
異動した店舗は逆でほとんどが女の人だった。


たぶん、相性があっていたのかめっちゃ売上が取れるようになった。
それからバイトの当たりは弱くなった。
もともと郊外の店舗だったから売上目標もそんな高くなくて店の売上もとれた。


それから、接客が楽しくなった。
マネキンの着せ替えを自分で選んだ服でやるようになって楽しくなった。

私と店長しかいなかったから、本社の人と入荷する服のやり取りをやったりして
客層に合わせたサイズとか色とかデザインとか選ぶの楽しかった。


自分の力じゃないけど、客層が変わってできなかったことができるようになったし、
たまたま人が少なくて、ディスプレイも接客のトレーニングも、服の選定も任せてもらえるようになって仕事が楽しくなった。


それでもやっぱり休みは少なかったし、
3年半働いて5日間休みを取って遠方の実家に帰れたのは2回だけだった。
社内の公募で本社のポジションに応募したけど落ちた。
それが出来レースだったって噂できいてなんか悲しくなった。


でも、お店では自分を指名して買ってくれるお客さんが増えた。
名前を覚えてくれるお客さんも増えた。
純粋にうれしかった。



しばらくして、店長が異動になって
前のお店に一緒にいた先輩が来ることになった。
相変わらず、ガンガンイジられた。

楽しかったのに、仕事に行くのがちょっと嫌になった。

年度末の評価をつけてもらったとき、先輩が言った一言が転機だった。


「俺、これまでの店長みたいに優しくないから。昇給ないと思ってたほうがいいよ」


マジで「え?????」ってなった。
一応、その人はめっちゃイジってくるけど、そんな普段パワハラぽいわけではなくて
ちょっと黒めの冗談を言ってみんなを笑わせる人なんだけど、(実際みんなに好かれてる)
私も別に仲が悪いわけじゃなかったんだけど、

これも冗談の一つだと思うんだけど
でもそれ言っちゃだめなヤツじゃないかよって一瞬にして冷静になった。


実はその前から、少しずつ転職活動自体はしていて
レディースだけのブランドにいこうか、とか店長になりたいなとかも思っていて。

でも、アパレルだと給料は今よりも下がっちゃうし、(割とアパレルの中ではよかった)
そもそも休みがなさすぎて、両親になにかあったとき困るなとも思って
土日休みの仕事にしようかとか、いま契約社員だから正社員がいいなとか
色々さがして面接とかしていた。


それから辞めるまでは割と早くて、1か月もしないうちに新しい仕事を決めて、
それから1か月後くらいに辞めた。


親には反対されるかな、と思って(親は団塊世代の公務員)
転職が決まってから報告の電話をしたんだけど

「いいんじゃない?今の会社忙しそうであんまり休めないもんね」

って言ってくれて、意外すぎてびっくりした。



最後らへんの出勤のとき、仲良くしてもらったお客さんにお花とかお菓子とかもらえてうれしかった。笑
でも、

「もうこの店(ブランド)来なくなっちゃうかも」

って言われたのは悲しかった。
販売員って、自分の力で売ることももちろんスキルだけど
ブランドを好きになってもらうためにもいるって思ってたから、
私は販売員としてやっぱまだまだだったんだな、って思い知らされた。


そのあとは、全然違う業界で法人営業したり、いまはちょっと似ている業界で
管理部門の仕事している。
今は好きなアパレルとかの仕事はしていないけど、まあそこそこ。休みも増えたし給料も普通くらい。


8年くらい会社員になって思うことは、仕事って基本楽しくないと思う。
頑張ってるって自分で思っていても、周りが認めてくれなければそれは頑張っていないことになるし、
利害関係がある分、人間関係がややこしくなりがちだし
責任分の給料はもらえないことが多いし
「仕事=楽しいもの」ではないんじゃないかと思う。


だから、耐えられないくらい嫌なことがあったり、仕事で大きく心が傷ついたら
それは転機だと思って新しい仕事を始めてもいいと思う。

よくいう「前向きな転職理由」なんて後付けで作ればいいし、
「逃げ」じゃなくて「転職」でいいじゃん。


仕事は基本楽しくない。しんどい。つらい。
だからできるだけ、自分が好きなものとか興味関心があるものを仕事にしたらいいと思う。






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エンディングノートを遺族の立場で書いておく

家族のこと。

これはずっと気にしていただんだけど
ホントに全然人には言えなくて、でもいつかは直面する問題で
どうすればいいのかわからないのでとりあえず忘備録として?
書いておきます。


≪大前提≫
父(68歳)日本人
母(59歳)外国人


父の健康問題で、そこまで父は長生きしないかもしれないと思ったところから
これからどうすればいいのか謎

<ケースその①>
父が先に亡くなった場合

→母をどうしよう、母国に返すべきだと思うが(本人もそうしたいだろう)
 母はあまりスマホとか情報機器に詳しくないので(PCとか操作できない)
 母国に帰ってしまったら最後、今生の別れになる確率が高い。
 でも母の家族や一族は健在していて行くあてもあるので、年齢的に仕事は厳しいがおそらく生きていける
 30年くらい日本に住んでいるので、不慣れなことも多いので少し心配。
 とにかく帰ってしまったら今生の別れになるのが辛い。

<ケースその②>
母が先に亡くなった場合

→日本で葬式していいのか、でも別に遭難とか事故死したわけじゃないから棺とか飛行機に乗せられない。
 宗教上の問題は、一応あてがあるからなんとかなる。
 母の一族へどのように連絡すればいいのか謎。
 また、遺骨とかこちらで持っていていいのか(寺に収容される)、母の家族に引き渡していいのか、さすがに家族に相談できない。
 父の生活はそのあと本人と相談すればまあいいか。本人の希望を優先したい。でも同居は難しいかもしれない。帰郷も現実的じゃない。


≪最近得たリソース≫
最近母の親族とfacebookでつながった。
そして、messengerでやりとりできるようになった。
国際電話しなくても、messengerで母とやり取りできるようにしてあげた。
近況とかも話せるようになったし、万が一何かが起きた時に報告ができる窓口ができた。

母の実家は5歳ぐらいまでは日本と行き来する生活を送っていたのだけど、
学校に行くようになって、なかなか行けなくなって最後に現地にいったのは中学生の時。

恥ずかしながら母の実家の連絡先や住所も知らなかった。
だからこれから万が一のことがおきたら法的な手続きはもちろん
まずは親族にどう伝えれればよいのか、そこからどういう対応をすればいいのか
まだ完璧じゃないけどシュミレーションしておく必要があった。
たぶん普通の家庭よりも葬儀にまつわる手続きや連絡が複雑になる。

ただでさえ平常心でいられない状況下だから、しっかり今のうちから考えておかないといけない。

これまで、そのことを考えると辛いし、悲しい気持ちになって思考が停止していたから
母の親族とやり取りできるようになってよかった。
今更facebookとかmessengerだけど、テクノロジーとかネットワークってすごい。


法的な手続きも調べてわかったら忘備録として残そうと思う。

2018年やりたいこと

今年やりたいこと、なんかある?

それは、、、、




結婚!!!!
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ではないです。
いや、結婚したいけどさ、ひとりじゃできないじゃん?
なんでこんなに結婚するの難しいんだろ・・・
だれか結婚してください。共働き希望です。

割と転職したいけど、20代3社目とかだし厳しいな・・・外資とか行くために英語の勉強しなきゃ


一応20代最後の年だから色々焦ってはいるんだけど、
結局のところ、なにがしたいのかよくわかってない。
自分に甘いからなのかな。。。


あと、痩せたい。


もう、何したいとかじゃなくてただの願望。
でもこれやってる!
www.youtube.com

この10分のエクササイズすらつらい・・・アラサーまじ辛い・・・・



とりあえず、2018年踏ん張り時なきがする…

一人でどっか遠くにいくのもいいかもしれない。
自分探しの旅(笑)

またストレスチェックに引っかかった(2年連続2回目)

またストレスチェックに引っかかりました。

ストレスチェックとは
ストレスチェック制度とは | ストレスチェックのASPサービス こころの保健室


2年連続2回目。
しかしながら、私は1回目ストレスチェックに引っかかった会社から転職しているので
現在新しく働き始めた会社で2回目のストレスチェックを受け、またも引っかかってしまったのです。

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どんだけメンタル弱いんだ・・・・


またも、会社の常駐の産業医と面談することに。

産業医「あれ、キューカンバーさんは元気そうね?」
私  「・・・・っあ、そうっすね・・・」

てなかんじで、割とフランクに進む面談。
会社のことで気になったことについて話をして優しく聴いてもらいました。
前回のストレスチェックでも思ったけど、普段なかなか話せないこと(会社の社風が合わないとか制度がおかしいとか)
それだけじゃなくて、些細なこととかも話して聞いてもらえる時間があるってありがたい。

(もし本当にキツイ状況だったら)産業医から残業時間の軽減や、配置転換を会社へ意見書を提出してもらえます。
私はそこまでを求めなかったんだけど、
今の会社は割と大きい会社の割には異動とか配置転換が多くて、

戦慄してます・・・・

いやいや、いままでのキャリアとかこれから目指したい指向性とか完全無視。
それかなりキッツイよねー。
新卒ならまだしも、中途の私にはそれキッツイわ。。。。

まあ、そういうことを話しつつ・・・産業医さんから衝撃の言葉が・・・・


産業医「意見書は出せるんだけどねー、この会社それが通らないみたいなのよねー」


な、なんだって!!!!!!
それ意味ないじゃん!!!!!


そういう会社もあるみたいです。
もしもストレスチェックに引っかかってしまったら産業医との面談をお勧めしますが、
もし、あなたが辛くて異動や残業時間を減らすように産業医から意見書を出して欲しいのであれば
その強制力をチェックすることをおススメします。

ちょっと強制力がない、かなりしんどいのに難しいと会社が難色を示したら
それは会社辞め時だと思いいます。

まぁ私は生活かかってるから辞めれないけどね!

自己啓発なんてきらい

変な研修する会社が嫌いだ。

そもそもあんまり研修そのものが好きではないけれども、
あんまり実務に関係ない、自己啓発みたいなのが大嫌いだ。


自己啓発が大嫌いだ!!!!


自己啓発 - Wikipedia



こういうことを言っていると、自分自身の成長が止まってるだの
限界を超えられない人間だののレッテルを貼られてしまうんだろうけれども

それでいいです!!



そもそも、自己啓発をうたったセミナーとかをやってる講師って
お前は適切に受講者の人間性とか能力とかそもそも見極めができるのか、

そもそも成長の定義ってなんだよ、、、、


私はああいうセミナーとかコンサルの講師って本当に信用できないんですよね!

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仕事続けていくと、一緒に仕事する人も変わっていくし
仕事そのものが変わったり、自分の立場とかってどんどん変わっていくと思うんですよね

普通に仕事をしていたら成長もしていくし、
年を取っていけばライフイベントとか色んなことが起きて色んなことをプライベートでも
色々考えなきゃいけないこと出てきて自然と成長?とかしていくものだと思うんだけれど・・・・


もちろん、そういうのが苦手な人だっているからそういう人のサポートとかで
そういう自己啓発とかやったらいいと思うけど



でも、人格否定とか、ほんとにそれって働くうえで関係あるの?
ていう研修なんて時間の無駄だし、バカバカしいって思うよね。

文通相手のこと

おくればせながら、あけましておめでとうございます。

そして私、お誕生日おめでとうございます。
ついに20代最後の1年になりました。
だからどうなんだっていう、ちょっと女としてやばいんじゃないのかと思いつつ、
明らかに危機感の足りない私のライフイベントに誰か喝をいれてください。

年末年始は実家に帰って、
寝て食べ、寝て、食べ食べ、寝て食べてたら当然太りました。
かなしい・・・

そして、お正月のお昼前に年賀状が届いて
父や母など家族の分の仕分けをしていて
私宛のものは当然ながら実家には届いていないなと思っていたら

思いがけず、懐かしい名前を見つけました。
しかも私宛。

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中学生~高校生のころまで、
携帯電話があったけど、当時は簡単なメールぐらいしかやり取りができなくて
ちょっとオタク気質が当時からあった私は某雑誌の文通希望コーナーに募集したり
募集しているのに送ってみたりして趣味の話や書いた絵を送りあったりしてました。

やりとりしていた話の大半は好きな漫画の話とかそういうので
でも、唯一誰にも言えない家族のこととか、将来のこととか話した子がいた。

彼女とは家族構成とかなんとなく自分と共通点があったことと、
遠くに住んでいて会ったことも、電話すらしたこともなかった。

だから、手紙の上で色んなことを話せた気がする。


大学に入って、何度が手紙とかメールのやり取りはしていて
会ったりしようよ、っていう話にもなったけど気づいたら自然消滅していた。
それで、何度が引っ越ししたり携帯を変えたり、彼女のことは気にもとめていなかった

あれから10年近くたって、手紙がきた。
なんとなく、怖くてすぐに手紙を読めなかった

でも、彼女が書く丸い字はそのままだった。


あのころ、話していたことも悩んでいたことも
そのときはとても私にとって深刻な問題で、とてもつらかったのに
今ではその思い出がよく思い出せないでいる。
なにに悩んでいたのか、なにが嫌だったのか、


そのことが、なんか何年も彼女を裏切ったような気持ちになって
こんな手紙を送ってくれなくてもいいのに、と逃げたい気持ちになったからだ。


さっき、手紙を読んだ。
当然ながら、あたりさわりのない内容だった。


彼女は苗字も変わってないし、今でも実家に住んでいるようだった。
会えるかな、会っていいんだろうかって
Twitterとかでオフ会とか行けるのにちょっと怖い。

私にがっかりしてほしくないから。
あのころ反骨な人とかパンクスとかにあこがれていたのに

結局、ただのOLになっちゃった私を許してくれるのだろうか。


いや、そんなに深刻なことでもないけど
なんかそういううしろめたさを感じてしまうのはなんでだろう。

最近聞かれて困っていること

「恥の多い生涯を送って来ました。」
太宰治が書いたこの一文がとても共感できた。
好きな作家や本はいくつかあるけど
たぶん誰かが書いた文章のなかで一番共感できる一文だと思う。

別に太宰治がすごく好きなわけではないけれど。


「キューカンバーが得意なことって何?」


ふとした時にそいういう質問をされてとても困った。
それから悩んでいる。
私に得意なことが思いつかないから。


その人はとくに私を困らせたくてそういう質問をしたわけではない。
それはわかっている。

けれどもそういう質問に答えられなくて困ってしまった。


よくよく考えてみたら、大した人生を送ってきたわけではない。
かと言って別に恥ずかしくはないのだけど。


会社の評価面談とか、転職の面接とか大体毎回こういう質問が来る。
そういうのは適当にそれっぽいことを答えるのだけど
某缶コーヒーのCMみたいに
「とか思ってねーから!!」とか思いつつ、

しいていうなら、そういう感じでそれっぽい中身の無いことを
それっぽく話して事なきを得ることが得意かな。


ってそれ人間としてどうよ。。。。
まぁ、社会人として必要なスキルと思うのは私だけですかね。。。


私の得意そうなことを見つけたひとは電話かメールください。